【9/3の朝日新聞より】障害のある2人を育てて (2016.9.3-30面 生活)

(ジャーナルM)障害のある2人を育てて

重度の障害がある2人の子どもを持つ柴田靖子さんの子育てについて書かれた記事です。

長女の時は、「発達させて健常児に近づけよう」と、1歳前から親子で療育施設に通い、同様の障害がある他の子と共に歩行や発話の訓練を受けたそうです。しかし、5歳になる直前に長男が誕生すると、「2人とも療育なんて無理。もう息子は発達しなくても、元気に育ってくれれば」と、生後7カ月で近所の一般の無認可保育園に入園させました。重い気持ちで迎えに行った時、他の子に紛れて見分けがつかなかった長男の姿は、それまで療育中心の生活で、健常児と全く接点がなかった柴田さんにとって、目からうろこが落ちる思いだったそうです。

その後、特別支援学級に通う小1の長女を放課後、地元の小学校の学童保育に預けた。療育訓練を受けても目の前の物に手を伸ばせなかった娘はブロック遊びに熱中し、職員の目を見て静かに話を聞くことを「勝手に」学びました。また、何でも問題なくできると思っていた「健常児」も、実は個性があり、ぶつかり合い、ほめあって育ち合うことに柴田さんは気づいたそうです。

障害者に対して、私たちは、いじめるまではいかなくとも、何となく怖い、避ける・・・そういった行動をとりがちだと思います。どうしたら、そういった垣根を取り払い、本当に分かり合って、普通に同じコミュニティーの中で生活できるのか、自分自身問うことがあります。

その答えというか、ヒントが、記事後半にある気がしました。

障害の早期発見、療育という傾向にある現在、「違い」を理由にいじめられないように、迷惑をかけないようにと、「専用コース」に誘導される流れが広がる。長女は学童保育を退所後、健常児と日常的に過ごす場がなくなった。特別支援学校で義務教育を終え、現在は福祉作業所に通所する。「いったん分離されると『合流』は本当に困難。大人が時折設ける『交流』では、友達になるどころか、関われない存在だと再確認させる面もある」と話す。

個々が理解を深めるだけでなく、社会全体で、この「合流」「分離」「交流」それぞれの意味を深く考え、取り組んでいかなくてはならない問題だなと感じました。

佐々木敬太郎


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