【2017.1.9の朝日新聞より】あふれる情報のなかでどう生きていくのか(3面)

(我々はどこから来て、どこへ向かうのか:8)SNSの時代、格闘は続く

1面の特集からの続きの記事です。情報社会の中、「ネットでつながった世界を、いまだかつてないほど膨大な量の情報が飛び交っている。広がり続けるその海を、私たちは泳いでいけるのか」(1面より)というテーマの記事です。

1面では、口コミサイトの情報に振り回され、結局決め手に欠けるまま買い物できない例など、あふれかえる情報に翻弄される現代を、そしてこの3面では、印刷やテレビなどが世に出てきた時、私たちはどう反応し、どう乗り越えてきたのか、歴史を紐解きながら、情報の波のなかを泳ぐ術を考えていきます。虚構新聞の例は、本当にいまの殺伐としたネット社会をよく表していると思いました。

私も、いわゆる「SNS疲れ」や、情報に振り回され実行できないことなど、しばしばあります。その時はちょっと立ち止まって、一歩距離を置いたりして、うまく付き合っていこうと思っています。ネットにあふれかえる情報は、さながらスター・ウォーズのフォースみたいなものですね。のめり込んで振り回されると、暗黒面にとりこまれちゃう(笑)

これだけ玉石混交の情報があふれかえる情報社会の中、私は、そこから適切な情報を効率的に拾い上げる、「取捨選択」のスキルがどんどん必要になってくると思っています。「自分はネットから真実を拾い上げている」と思っているほど、要注意だと思います。真実は切り取り方で、いかようにも解釈できる。それを、どれか1つを正解として、他は陰謀だ、洗脳だ、と騒ぎ立てるのは愚の骨頂だと思うし、一歩引いて見られるような人間になりたいものです。

新聞というメディアを取り扱っていると、しばしば「時代遅れ」と揶揄されがちですが、インターネットの情報に比べ、フィルターが通っている分、取捨選択をしてくれている側面もあり、そうした意味では、効率的に情報を得られるツール、というか、取捨選択する時間と判断に対して対価を払っているというように考えています。まあ、そのフィルターに恣意的な操作が入り込む可能性もあるし、そこに批判が実際集まったりもするのですが…。「新聞」というフィルターを通った情報を、鵜呑みにせず、自分のフィルターを通したり、疑問に思うことは、インターネットで調べたり…。そうすることで、判断能力は養われているのだと思います。少なくとも、「ネットに真実がある」といって、自分のフィルターだけを通している人たちよりは。